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2019.3.26.(火)

雑記64

★ツバメを見た、という目撃談。僕はまだ見ていない。

★小鳥たちを見ていると本当にかわいいと思う。自分の力だけで、自然の中を生き抜いているのだな。すごいな。

★これ言ったらファンの人に殺されそうだけど、ジェフ・バックリーって歌は凄いけど作曲能力が壊滅的だなと思う。

★自分では割とメロディセンスはある方だと思っている。紅白歌合戦に出られる程度の曲でよければ今までいくつか作っている。問題は僕が有名でない、ということだが、おそらく紅白に出るくらい有名になることはないと思われる。

★ボーカリストとしての能力がそこまで高いとは言えないので作っても歌えないことがある。そういう時はメロディを泣く泣く変えるか、歌えるようになるしかない。作った曲が自分の現段階での能力を超えていることについては、好意的に捉えている。

★声域がどれだけかとか、そういう技術的なことは大事だけど、イメージを実現するための「道具」であるという考え方。

★すごい道具を持っているからそういう曲を作らなければいけないとかじゃなくて、曲を表現するのに過分な道具は必要ないと思っている。自分の表現したいことが実現できればそれでいい。

★常にジャストなアウトプットをしたいが、ジャストって言っても日によって違う。何も足さない、何も引かない、サントリー山崎のような表現がベスト。本当にすごい表現って、ポンとそこに置くだけでいいって言うか。最初からそこにあったようにも思えるものだったり。どんなに頑張ってもできない時もあるし、何をどうやってもそうなる日だってある。不思議だがそういうもの。

★どんなに有名人だろうが何だろうが、その人のこと知らなきゃただの人。

★ライブなんて特にその瞬間をこそ問うものであって、今までどうだったかとか知らね。

★とは言っても、本当にすごい人は知らない状態で所見で観ても、背筋が凍るほどの積み重ねを感じさせるものである。それはブルーズであり、ライフストーリーである。こういう人と片田舎の誰にも知られていないような場所で出会うと、僕は震えるような思いがする。

★動員がどうとか販売実績がどうとか、それも実力であるという考え方も否定はしないが、そういうのももういっかなって思う。売れててもクソなヤツなんて掃いて捨てるほどいる。自分にとってどれだけの価値があるのか、それがすべて。その人が有名である云々よりも、肩書きや名前で評価する人を僕は信用しない。人が良いと言っているから感動する、そんなことはあり得ない。世間でもてはやされているから良いものだ、そんなことはない。感動は自分だけのもの。だから尊い。言えるとすれば、そういう現象が同時にたくさんの人に起こるから素晴らしいのだし、奇跡的なのだ。

★つまりミーハーな人は好きでない。何一つ良いと思える要素がない。感動とか価値とか、自分の心に起こることを自分で感じて自分で決められない人に何がわかるだろう。

★有名人その人自体はいい人でも、取り巻きが鬱陶しい場合が多々ある。まるで虎の威を借る狐のように周囲に横柄な態度を取る者も知っている。

★性格が悪いと言われる人や犯罪を犯した者でも美しいものを作る人はいる。でもセコい性格だけは音楽に出るような気がする。

★加賀の深田久弥の資料館に行く。この人本当に山が好きだったんだな。案内係の人に色々話を聞いたが、「当然、山登りはされるんでしょ??」と言われる。深田久弥の資料館に来るくらいだからそう思われても仕方ない。実際は『日本百名山』を昔読みかじったくらいだし、憧れはありますが、あんまりやらないんです、と言ったら「それはもったいない、福井にはいい山がたくさんあります」との返答。そうだな、文殊山あたり暖かくなったら登ってみよう。

★東京在住のころはたまに高尾山にひとりで行っていたものだった。

★山登り、というか山に対する憧れや畏れは昔からある。ある登山家はなぜ山に登るのかと問われ「そこに山があるからだ」と答えたらしいが、山登りほど自然とも自分とも向き合えるものはそうそうないだろうな。だから、僕は山に憧憬を抱くのか。

★風の匂いが鼻先をかすめると、突然に昔の事がフラッシュバックされることがある。

★時間の存在というものは、疑わしい。時計で区切られた時間、誰にでも平等なはずの24時間。それは果たして絶対か?多分違う。

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