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2013.2.21.(木)

追憶

どんなにつらい時でさえ
歌うのはなぜ?
こんなに寒い夜にさえ
歌うのは誰?
熱と悪夢にうなされ続けた数日が過ぎ、僕は平静を取り戻した。得体の知れない大きな黒い塊が、長い時間絶え間なく僕を押し潰す、夢。目を覚まし何時間経ったろうと壁にかかった時計を見ると、時は15分すら進んでいない。何時もはどんなに耳を澄ましても聞こえない秒針の音が、今は楔を打ち込むがごとき巨大な響きを伴って頭蓋骨内にこだまする。
たかが風邪に罹って、高熱を出しただけの話だ。人間とは現金なもので、病から立ち直って間もなくするとすっかりあの時のことは忘れてしまう。自分がいかに苦しんだかという事実など、遥か彼方の地平に滅却される。そして何事もなかったかのように朝日を浴びベッドから起き上がり、朝食をとりながら音楽を聴き始める。心の傷だってそうかも知れない、誰かを傷付け自らも致命的とも思われる傷を負ったとしても、時の波がいずれそれらを押し流し、忘れる。そしてまた誰かを傷付け、傷付く。その時初めて、前にもこんなことがあったようだと何かを思い出すが、それもまた忘れる。
そう、あの時確かに僕は思ったのだ、「音楽などいらないから悪夢から解放してくれ、健康な身体に戻してくれ」と。しかしもうすでに僕は忘れ始めているようだ。
人は忘れる。約束を忘れ、思い出の味を忘れ、美しい風景を忘れ…あなたのことも忘れてしまうのだろうか。そして自分のことさえも?
でも僕は忘れはしない、あの絶望の夜にも温かい光を放つ音楽があったことを。涙に霞む夜の街角から、哀しく響くある流行歌があったことを。すっかり変わってしまった朝の風景の中を、歌いながら手を引かれていくあの子供たちを。
あの景色を忘れなければ、僕に希望はある。あの夜を忘れなければ、僕の中に再び音楽は鳴り響く。

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