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2013.9.21.(土)

12/1出演者紹介 弾き語り編①『印藤勢』

その男、印藤勢を初めて見た時の印象を包み隠すに言えば、「なんて気持ちの悪い奴なんだ」ってことに尽きる。その時彼は、「マシリト」というバンドをやっていた。ライブハウス界隈では名の知れた存在であり、僕が在籍していたバンド一寸笑劇の当時のドラマーがどこかでマシリトの音源を仕入れてきて、とても良いんだ、と話していたのを覚えている。いや、正確にはその時はまだ僕は一寸笑劇には入っていなかったのだが。

その後初めてライブを見たのは、新宿の片隅にある狭苦しいライブバーでのことだった。僕が見るに、バンドは末期状態に思えた。実際その後すぐにマシリトは解散に向かっていくので、強ち僕の印象は間違っていなかったということになる。何だかメンバー同士ちぐはぐな感じがして、特にドラマーが最悪だ。なんて思っていた記憶がある。そのちぐはぐな印象の中で、一人気を吐いていたように見えたのが、彼、印藤勢であった。

ゆらゆらした動き、情念だか怨念だかが、身体の穴という穴から液体のように漏れ出てくるようなライブ。僕は非常な不快感を覚えた。それは丁度、私小説作家が自らを題材とした作品を書いて、己のヘドロのような魂をさらけ出すことで読者に伝染する不快感に似ていた。

僕はその時彼と話をしなかった。しかしその当時、知っている人間に僕はこう語ったことがある。「俺はいずれあの人(印藤勢)と会う」と。いずれ道が交差するだろうということだ。だが、それから程なくしてマシリトが解散したらしいという噂を聞く。僕は僕で一寸笑劇がゴタゴタしていて忙しいやら苦しいやらの活動を強いられていて、彼のことはしばらく忘れていた。

彼と僕の道が交差したのは、2011年の4月のことだったと思う。

一寸笑劇と彼が新たに立ち上げたバンド、SEI WITH MASTER OF RAMが対バンしたのだ。ステージ上でクネクネした動きは相変わらずだったが、何かが違っていた。その時の彼の髭もじゃの風貌も手伝ってか、何か東洋的宇宙観が垣間見えた気もするが、とにかく何か異様な空気だった。

交差はしたにも関わらず、この日も僕は彼と話さなかった。話したい気持ちはあったが、何か壁のようなものを感じた。こっちから話しかけてなるものかという、何かの制御装置にも似た感情があったのを覚えている。控室で、彼は僕の知らない何人かを囲んで音楽の話をしていた。僕が立ち聞きすると、「アングラがどうのこうの」と言ったかと思えば、「スクエアプッシャーがどうのこうの」という話題まで、およそジャンル関係なしに喋りまくっていて、いっそのことそこに加わりたいと思ったものだ。後日談によると、彼も一寸笑劇が気になっていたが、自分から話しかけてなるかという気持ちを抱いていたようである。馬鹿な話のようだが、お互い譲れない何かを感じていたのだろう。

その後ようやく初めて喋ったのは、5月か6月くらいに一寸笑劇で誘われて新宿アンチノックに出演した時だったと思う。印藤さんは新宿アンチノックのブッキング担当者であったが、当時僕はライブハウスのブッカーというものに不信感にも似た何かを抱いており、彼の言うことも話半分でしか聞いていなかったように記憶している(印藤後日談「この人は何て人を信用しない人なんだろうと思った」)。

そんなブッカーをまるで信用しない僕と印藤さんの間の懸け橋になってくれたのは、何を隠そう、「ジョン・フルシャンテ」というアーティストである。言わずもがなレッド・ホット・チリ・ペッパーズの当時のギタリストであった。色々話をしているうちに、僕も彼もフルシャンテを愛聴していることがわかった。動物好きに悪い人はいない、とよく言われるが、「フルシャンテ好きに悪い人はいない」という価値観のもとに、僕らは徐々に話をするようになった。

決定的だったのは、とあることである。

ある日ツイッターを見ていたら、印藤さんが「誰か使っていないキーボードを譲ってくれないか」という発言をしていて、丁度棚の肥やしに安っぽいキーボードを持っていた僕は「譲りましょう」と返信した。それで受け渡しに僕が住んでいた近所のファミレスで待ち合わせをした。印藤さんは印藤さんで僕と初めて二人で会って話すというので、変な覚悟をしてきたそうである。コーヒーを飲みながら話始め、気付いたら4時間が経過していた。この人とは薄っぺらい話にはならないだろうと最初から思っていたが、音楽論は飛翔に飛翔を重ね、仏教の話にまで及んでいた。こんなに音楽の話ができるブッカーは初めてだった。何て深遠な感情と音楽論を持ち合わせた人だろうかと驚嘆した。

その日の後、僕と印藤さんはほとんど毎日と言っていいくらい、一緒に遊ぶようになった。遊ぶと言っても、僕らは静かな深夜のファミレスの一席で、コーヒーを何杯もお代わりしながら朝まで音楽の話を続けることがほとんどだったが。とても深い魂のつながりを感じていたものだ。彼がレーベルを立ち上げ、一寸笑劇がリリースに参加した時も、色々レーベルの話をした。彼は親友であり、僕にとっては大恩人そのものだ。

時は過ぎて、

僕が一寸笑劇を辞め地元福井に帰って、つい最近のこと。

彼から連絡があり、弾き語りで北陸をツアーしたいから一緒にやらないか、と誘ってくれた。福井でやるにあたって、何か面白いことができないだろうかという相談だった。とは言っても、僕は6月にひとりでの音楽活動を始めたばかりで、活動が軌道に乗っているとは言いがたく、イベントを主催する力もない。そこで印藤さんは旧知の間柄である、福井のイベンター、イセユウさんを頼れないか、という提案をした。それが今回12月1日に開催される『星めぐりの歌』の発端である。北陸ツアーの話はまだ具体的にはなっていないが、福井で彼を迎えてのイベントを開催できることになって、嬉しい限りだ。そして地元バンドrefrainも加わっての三者共催という形になったが、実はrefrainのドラマーゆかっちが以前やっていたバンドで、彼女と印藤さんとは旧知の間柄である。つながる。何かがまた始まり、つながっていく。道は交差する。

印藤勢というアーティストを紹介するつもりが、とんだ長話、とんだ思い出話になってしまった。

今の彼がどういう人間か、どういう音楽家であるかは、説明するのは野暮に思えるので、ぜひあなたの目で見届けてほしいと思う。マシリト、SEI WITH MASTER OF RAM、そんなものは知らん。今回彼は、たった一人でやってくる。福井での楽しい夜が真摯な夜が、もうすぐやってくる。この夜だけはと、やってくる。

追記 マシリトの「最悪なドラマー」である彼。彼とはその後、一寸笑劇で一緒にやるようになった。素晴らしいドラマーだよ。いや、ほんと。笑

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