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2018.5.6.(日)

雑記7

岐阜は母方の故郷である。小さい頃から盆暮れ正月は岐阜で過ごした。今は岐阜市内に祖母が独りで住んでいる。とは言っても僕が生まれる前に祖父は亡くなっているので、独りで住んでいる祖母しか僕は知らないのであるが。もう90歳を超えている。最近ではもう歩くのもままならないらしく、僕が訪ねていこうとすると「相手するのが疲れるから」と母を通じて断ってくる。最近ヘルパーが週に一度訪問するようになったらしい。

祖母の家は昔から万屋を営んでいる。生活用品から文房具、煙草、洋服、狭い店内には色々なものがあってあれこれ見ているだけでも楽しかったし、煙草の窓口に座って店番を頼まれることもあった。お店には古い家特有の匂いがあって、この匂いを年に2回かぐのが好きだった。

歩いて15分ほどで岐阜の繁華街「柳ヶ瀬」に着く。映画館もたくさんあったし、服や玩具を買える店もたくさんひしめいていた。現在は寂れたシャッター街に身をやつしてしまった柳ヶ瀬も、僕が子供のころには人通りも多い賑やかな街であった。子供の頃には母親と映画を観に行き、お昼はマクドナルドでビッグマックを食べるのが楽しみだった。まだマクドナルドが珍しかった気がする。映画は話題のアニメやSFもの、大好きなジャッキー・チェン。僕が子供の頃、80年代はジャッキーの全盛期だ。

お盆にはいとこ家族と、揃って母方の墓参りに出かけた。墓所は大垣にあったが、墓参りの帰りにみんなでステーキを食べに行くのがたまらなく待ち遠しかった。ステーキは年に一回、この時だけ食べられるごちそうだ。別にうちがもの凄く貧乏だったわけではない。我が家ではステーキを食べる習慣、文化がなかっただけの話なんだろう。福井の在所にステーキを食べさせる店がどれだけあったかも疑わしい。そう、僕の中で岐阜は福井よりは少しだけ都会のイメージだったのだ。名古屋という大都市が近かったからというのもあるのかも知れない。

去年の春に初めて岐阜にライブしに行った。柳ヶ瀬の奥の方にあるライブハウス。そこでできた縁で、つい先日今度は大垣にライブしに行った。母方の故郷が岐阜であり、大垣にはお墓があって、ステーキ云々、、、とライブ中喋ったら、みんなホゥ、と頷いていた。

祖母も歳だから、そんなに長くはないだろう。とは言ってももう何年も前から「長くはないだろう」と言われているし、足は動かないが食欲は旺盛で良く喋るから、まだ何だかんだ大丈夫なんじゃないかと思ってはいる。が、それでもそうそう長くないだろう。祖母が亡くなったら岐阜という土地との縁も一つの区切りを迎える訳だ。だが僕が個人的にライブで訪れたことで、新しい縁が生まれた。そこから福井の僕の音楽仲間も岐阜に行ったりしていて、僕は嬉しい気持ちでいる。

縁をなくしたくないなら、一歩踏み出さなければいけない。縁をなくしたくないなら、離してはいけない手があるのだ。
人と人の間には、努力が必要なのさ。

 

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